とんぼをつかまえ、蝉をとって帰るたび
母は眉をひそめて言った
「可哀想だから放しておやり」母はわたしがとんぼや蝉をとるのを嫌がった
若くて死ぬ人はこころが弱いか
こころが弱いからこの世をながく
生きぬくことができなかったか
二十七歳で母は死んだ
母が死んでからわたしはとんぼや蝉をとらなくなった
小さな虫たちの生命を大切にするようになった
幼い頭に母の言葉が沁みこんでいたのだろう
そして内気な寂しい子にもなった
秋の夜 ひとり机に向っていると
燈火を慕ってさまざまな虫がはいってくる
かるい羽音をたてて燈火をめぐり机に落ちる
わたしは捕えてはひとつひとつ窓から放してやる
大木実
「月夜の町」所収
1966
この詩は相当いい。うん。