眺めのいい喫茶店で本を読んでいたら
後ろからクリームあんみつって聞こえてきた
タバコを取りだし文庫をテーブルの上におく
アイスコーヒーは氷がとけてきて二つの層になっている
濃い色の時間の経過と透明なほうの時間の積み重ねと
葉っぱをくわえて白線の横断歩道を移動するオランウータン
歩行する杖がコツッコツッ 突けば魚にも化け獣にも変身する
夏の帽子はちくちくする草で編まれていて
水に浮かぶ これから飲む水の音とにおいと
店内の壁や棚はウロコで埋めつくされていた
クリームあんみつのテーブルにお待たせしましたと男がやってきて
大きな声でしゃべりませんので
聞こえなかったらいってくださいといった
とぎれとぎれの消失がおとずれる聞こえなかったらしい
浮遊する耳の溝の痕跡を徘徊する
時計の針がひっかかったまま
聞こえなかったらしい語尾から辿る ウロコの重なり
唇を通して出てくるのは
可愛さまさる猿を演じる顎のそばのよだれ
夏の夕暮れ
自転車にのった
駅の北口から南口は砂丘になっている
前を走る一輪車の体が揺れて笑い声がたちのぼる
追って笑う まねして笑う 顔を汗が滝のようにながれ落ちる
笑うから風紋ができて 足はのめって膝をおっていっぺんで腹這いになった
頂上でつぎつぎ消えていく人の体は
死に投げだされ帰ってくる下りの砂を
ステテコ姿のおじいさんが向こうからやってきて
手をあげなさい そうじゃないと行ってしまうからここらのバスは
笑いながらバスに乗っておじいさんに手をふった
眺めのいい分かちがたい白日のもとにまた
腕が折れるほど 礼を言いたかった
汗はここでも落ちる恥ずかしいほどに落ちて
自分の住所を書いているメモ用紙にも落ちた
醤油屋の店主は すまなそうに なにも飲むものがなくてといった
醤油が並んでいる ぽん酢も並んでいる
利き酒日本一になったときの記念の巨大なガラスの器
酒飲むか 酒飲むからうまい酒おしえろ
駅前の足湯で両足をぶらつかせ
展望風呂まで突っ走った
きのう飲んだ酒は強力
きょう飲む酒は李白
見えない音の梢
顔近く ぎゃっと
木の皮に噛みつく
筏丸けいこ
現代詩手帖2012年6月号初出
2012
「夏の一日」は筏丸けいこさんの許諾をいただいた上で掲載しております。
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