霜枯れの野に
バッタが飛び歩いている
あいつは宇宙を動かしていた奴だ
黒く錆びた舌で 凍土を食っている
月も太陽も 糞便にして
ヒリ出したのは彼奴だ
菜種の花に 灰が降った
バッタの額に 飛礫が飛んで来た
血潮に滴る眼を開くと
雀が飛んでいる
両足に 全時間をしばりつけて
一つ瞬きすると 全歴史が消える
バッタは 髯のような触覚を顫わしていたが
粉微塵に 放射能にやられた
無数の生涯を 刻々送っている
最も充実した内容で 全歴史が一瞬に経験される
雀は豊饒此の上ない身分である
瞬間々々に 無限の多彩を極めた浮生を囀っている
雀が動くと 大地が燃えはじめる
あいつが一足歩むと 宇宙は消えてゆく
高橋新吉
「高橋新吉詩集」所収
1957
ダダイスト新吉は戦後も健在だったのですね。
高橋新吉の詩を読むと、そのスケールの大きさに圧倒されます。