僕の胸の中にはもう一人の僕がゐます
木の葉のあひだから僕の横顔が見えます
見てゐると その人の胸の中にも
別の僕がゐるのがわかるのです
その彼はふみしめた足の下の方の谷川の流れを眺めてゐます
山腹の紅葉しはじめてゐる木を見つけたやうです
はるか彼方に小さいいくつかの滝を見つけたやうです
ああ 山全体がゆれはじめました
はげしい風が吹きはじめました
不安を感じたのか 彼は空を見上げるそぶりをしてゐます
未来は不安なものであるのか
滝の音がとめどなくとどろくやうにひびいて来ます
その彼は歩きはじめました
木の葉のあひだをもう一人の僕も歩きはじめました
僕は 最後に さうした自分たちを胸の中に抱きながら
青い岩石の乱れてゐる道を登つて行きます
小山正孝
「山の奥」所収
1971