車一台通れるほどの
アパートの横の道を歩いて行くと
向こうから走ってきた
自転車の若い女性が
すれ違いざまに「おはようございます」
と声をかけてきた。
私はあわてて
「おはようございます」と答えた。
少しゆくと
中年の婦人が歩いてくるので
こんどはこちらからにっこり笑って
お辞儀をしてみた。
するとあちらからも
少しけげんそうなお辞儀が返ってきた。
大通りへ出ると
並木がいっせいに帽子をとっていた。
何に挨拶しているのだろう
たぶん過ぎ去ってゆく季節に
今年の秋に。
そういえば私の髪も薄くなってきた
向こうから何が近づいてくるのだろう。
もしかしたらもうひとりの私だ
すれ違う時が来たら
「さようなら」と言おう
自転車に乗った若い女性のように
明るく言おう。
石垣りん
「やさしい言葉」所収
1984
こんな視点で詩が書けるのはまさに脱帽