耳たぶにときたま
妖精がきてぶらさがる
虻みたいなものだが 声は静かだ
(いまなにをしているの?)
街に降る雨を見ている
テレビは付けっぱなしだが
それはわざとしていることだ
だれもいない空間に
放映を続けるテレビ
好きなんだそういうものが
(それでなにをしているの?)
雨を見ている
雨って
ひとつぶひとつぶを見ようとすると
せわしなくて疲れるものだ
雨の向こうの
工場とか
突堤の先の
あれはなんだろう
流木だかひとだかわからない
たとえばああいうものを見ながら雨のぜんたいを
見ているのがいちばんいい
そういうものなんだ 雨は
(むずかしいのね ずいぶん)
何気ないことはなんだってむずかしいさ
虻にはわからないだろうけれど
(妖精よ あなたの
雨の
ひとつぶくらいのわたしですけど)
辻征夫
「河口眺望」所収
1993