野茨に鳩

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

春はふけ、春はほうけて、

古ぼけた、草家の屋根で、よ。

日がな啼く、白い野鳩が、

啼いても、けふ日は逝つて了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

庭も荒れ、荒るるばかしか、

人も来ぬ葎が蔭に、よ。

茨が咲く、白い野茨が、

咲いても、知られず、散つて了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

何を見ても、何を為てもよ、

ああいやだ、寂しいばかりよ。

椅子が揺れる、白い寝椅子が、

寝椅子もゆさぶりや折れて了ふ。

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

日は永い、真昼は深い。

そよ風は吹いても尽きず、よ。

ただだるい、だるい、ばかり、よ、

どうにもかうにも倦んで了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

空は、空は、いつも蒼い、が、

わしや元の嬰児ぢやなし、よ。

世は夢だ、野茨の夢だ、

夢なら、醒めたら消えて了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

気はふさぐ、身体は重い、

おおままよ、ねんねが小椅子、よ。

子供げて、揺れば揺れよが、

溜息ばかりが揺れて了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

昨日まで、堪へても来たが、

明日ゆゑに、今日は暗し、よ。

人もいや、聞くもいやなり、

それでも独ぢや泣けて了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

心から、ようも笑へず。

さればとて、泣くに泣けず、よ。

煙草でも、それぢや、ふかそか、

煙草も煙になつて了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

春だ、春だ、それでも春だ。

白い鳩が啼いてほけて、よ、

白い茨が咲いて散つて、よ、

かうしてけふ日も暮れて了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

日は暮れた、昔は遠い、

世も末だ、傾ぶきかけた、よ。

わしや寂びる、いのちは腐る、

腐れていつかと死んで了ふ。

 

おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、

おお、ほろほろ。

ほろほろ、ほろろん、

おお、ほろほろ……

 

北原白秋

水墨集」所収

1923

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