乾いた眼

あれは
不気味に靄が立ちこめている
キナ臭い昨日の戦場から
突然湧き起り
流れてくるミサの声だ──
左手に聖書を持ち
天に祈る黒衣の牧師
その前にひざまずき
十字を切っている兵士の群れ
見知らぬ土地に
戦友の死体を埋め
やっとここまでたどりついた若い生命たち
その乾いた両眼から
少しずつ悲しみの涙が滲み落ちる
一枚の額縁にはめこまれたこの情景が
返ってきた手紙のように
いつも私の前の壁に架かっている

巨大な地球儀がのろのろ廻り
きまぐれな一本の針が刺した地点で
また戦争が起った
しばらくして
顔をかくした神が腐爛した死体の間を
こちらに向って歩いてこられると
街の暗闇で
チュウインガムのように
無造作に吐き捨てられた若い命が
あちらの谷間から 水田の中から
いくつもいくつも起き上がり
ぼろぼろの魂を引きずって
少しずつ海の方へ
故郷の方へ歩き出す

その時分
西でも 東でも
広い株式市場では
欲望でひん曲ってしまった
両の手を突き出して
戦争が狂気のように取引されている
私はいま新聞紙をひろげて
積み上げられた白い貝殻の山が
無惨に崩れ落ちる
その静かな静かな音を聞いた
いくつも嚥み下した新薬で
間違ってしまった現代の人々よ
地中深く埋没した
平和という名の埴輪を掘り出せ!
墓堀り人夫のスコップを持った
その汚れた手で

上林猷夫
「遠い行列」所収
1970

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