ねむることによって毎日死を経験しているのに
不眠症にかかるなんて
なんと非人間的な苦しみだろう
毎日死を経験しないために
ほんとうに死にたいと思うのは
ごく自然ななりゆきだが
でも
死なないでくれきみがひとつかみの骨になるなんて
よくそんな勝手なことがいえるわね
よけいなお世話よ死ぬって
眠りだけど永遠のおやすみなの
わたしの目を吊り上がらせ
わたしのまんなかに鉛を入れたのは
あなたじゃない
わたしの暖かい骨は
きっと鉛まぶしよ
鉛まぶしで
永遠にやすめるならさめた白湯だって
おいしくなるよ
永遠なんて信じてないくせに
木の葉みたいにことばをつかうな
たしかに自殺ってこのうえなく論理的な死だけど
論理なんてたたみ鰯で
すきまだらけなんだ
こんどはお説教ね
あなたはわたしが死ぬのが恐ろしいのね
しんしんと降りつづく雪って
一瞬ごとに表情が変わっている
だからあなたが
われは昔のわれならずって顔をしても
わたしちっとも驚きはしないただ
あなたのロマンチシズムってとってもいや
きらうなら好きなだけきらうがいいでも
死ぬな
きみが死んだってちっともこわくないけど
永遠を信じていない者の死に
意味をつけるのがとてもつらいのだ
ぼくは少なくとも「半分の永遠」を信じてる
死は死んだのかと冬の林に
大声で叫びたい
叫べるの
ほんとうは叫びたくないのでしょう偽善者め
あなたが取り乱すの初めて見たわ
あなたは
狡猾で残忍で冷酷よ
さんざわたしを楽しんだりして
わたしがわたしの生をどう始末しても
あなたの知ったことじゃないでしょう
光り
夕方の海に見たひとすじの光りが
雨戸をあけた朝
同じところにあった
ぼくは失神しそうになって
「半分の永遠」を信じたというわけだ
きみはぼくを理解しているらしい
「半分の死」の地点から
わたしはくたびれてるのに
からだじゅうの毛がみんな立ってるの
もう口をききたくない
ことばを覚えてよかったのは
ただ悪罵を自由にいえるからなんて
気がくるいそう
勝手に海の光りを大事になさい
わたしは一晩じゅう降る雪を見てるわ
*
**
死は死んだのか死なないのか
死なない死って何だろう
鳥たちゃ鳥のなかで死ぬ
猫たちゃ猫のなかで死ぬ
ひとはいつでもひとのそと
生まれるときも死ぬときも
だからいのちをたいせつに?
だから死ぬのもたいせつに?
北村太郎
「あかつき闇」所収
1978
ぼくも不眠症で神経科に通院していますが、冒頭の連、身につまされました。