風船

空に向かって
大きな欠伸をすると、
口の中から
風船がひとつ 飛び出した。
空へずんずん昇るにつれて、
それはしだいに大きく膨れあがっていった。

あの中には
毒瓦斯がいっぱい詰まっていて、
いつ爆発するかわからない。
――そんな噂が街中に拡がっていった

小さな街の
上空を覆う
巨大な風船。
それが朝から夜中まで、
幽霊のようにぶらぶらしている。

この街の人々は
生活に疲れきって、
空に
太陽のあることすら忘れていたのだが、
風船の出現に恐れおののいて
空ばかり見上げている。

何時、
どんな変事が起こるかわからぬので、
街中が
革命以上の大騒ぎとなった
警察は四方八方へ
刑事たちを走らせたが、
肝腎の犯人は何処にも見つからなかった。

――欠伸をした男をみたら 知らせてください。
――その男の人相もできるだけ詳しく。
そんな協力を街の人々に求めたが、
欠伸をしている男が
あまりに多過ぎるので、
どれが真犯人だかわからなかった。

流石の警察も
とうとう音をあげてしまった。

そして今でも
その小さな街の屋根の上を、
風船は
あいかわらずぶらぶらしている。
風の吹くままに、
西に
東に……

壺井繁治
風船」所収
1957

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