I――私は東京生まれ。相撲取りに囲まれて育つ。祖父の周りには何人もの男たちや女たちがいた。国技館には行ったことがない。――――私は九州生まれ。十八歳で家を出る。住みつづけるために働いた。電子部品のことならどんな質問にも答えられる。――――私は自分の生年月日を知らない。生まれ月を問われてはいつも右手を挙げた。――――私はいま、札幌に住んでいる。来年は、どこにいるかわからない。――――私の兄は私が生まれる前に死んだ。私の名前は兄の名前と同じ。――――私には十一歳の娘がいる。もう手をつないで歩くことはない。――――私はここまででだいたい四六〇メートル。一歳の誕生日を迎えた。――――――CARE――服や、本や、手紙や、アルバムや、食べかけのパンをゴミ袋に入れる。ときどきマンガを読む。風鈴を片付け忘れている。――――走っていって深夜バスに乗る。それからバスで帰る。新幹線を見たことはない。眠らないようにガムを噛む。――――名前を訊ねる。名前をノートに書く。その名前を覚えておく。――――積み上げた書籍、レコード、衣類、書類を分類する。決められた場所に置く。――――真夜中に開いている。明りがつき、電気ポットがうなる。ベランダの煙が風の中に消える。――――できるだけたくさん嘘をつく。新しい名前を常に用意しておく。――――昼休みには部屋に戻る。鍵は閉めずに、ドアを少しだけ開けておく。ちょうど猫が通れるくらいの隙間をつくる。――――――BECAUSE――雨が降り、電車が止まる。風が吹き、傘が壊れる。靴紐はほどけ、うずくまる人の肩を叩く。―――二〇〇九年の春。初めて会った。動物のような顔をして立っていた。――――マクドナルドは二十四時間営業を始めた。一〇〇円のホットコーヒーは値上がりした。――――二十七年間住んだ家は今月いっぱいで取り壊される。父は泣いている。騒ぎすぎると冷める。早くなくなってしまえばいい。――――二年前、母は手術をした。深夜に山道を歩き、地蔵巡りをした。両手に大きな荷物を抱え、階段を降りた。――――ガレージの中の図書室にこどもがいる。こどものための本を借りて帰る。ひざに手をあてて注意書きを読む。――――口約束をした。一方は三日後に忘れ、もう一方は三年間覚えていた。――――――YOU――あなたは千葉に住むだろう。ジャスコが好き。潮干狩りが好き。週末には新しいベッドを買う。――――あなたは笑っている。笑ってそれを差し出す。――――あなたは東京にいる。それから名古屋にいる。東の果てにいる。遠くへ行きたいとは思わないし、遠くへ行くことはできない。――――あなたはドアの前にいる。聞き耳を立ててラジオから流れる声を聴く。ゆっくり六十秒数えてノックする。――――あなたは歌う。どこかにいる誰か、顔を見たこともない、名前もよく知らない、その人の誕生日を祝う。おめでとう。おめでとう。おめでとう。ありがとう。――――あなたは眠っている。畳の上で眠っていて目覚めない。寝言をつぶやくが、その言葉がなんなのか聞き取れない。――――あなたは叩く。内側から手を振って、招き入れる。ノートパソコンの電源は落ちていて、指先は蛇口をひねり、水が流れる。――――――DO――ハッピーセットを一つ。小さなポテトを分け合う。ハンバーガー、コーラ。人形の腕を折って渡す。――――新しい電話を買った。これが新しいアドレスだ。これが新しい電話番号だ。――――装置が使用された形跡を確かめる。もう一度記録をとる。誤差を修正する。――――叩く。ジャンプする。天井から床までの距離を測る。ひざに手をあてて揺れているのを感じる。――――一九九八年。自分で書いた言葉だけを読む。――――シール紙に宛名を印刷する。黄色い封筒に貼る。束にして袋につめる。交差点を三度曲がる。――――呪いをかける。それから指の数を数える。――――――I CARE――私はからだを傾けずに硬いイスで眠る術を身につける。死角となる位置を確保し、夜が明けるのを待つ。――――私は実験室にガスとインターネットをひく。本棚を積み上げ、そこが仕切りになる。六畳のスペースは二つに区切られる。――――私は打ち込んだ文字を何度も消す。電池が切れ、充電器を探すのをあきらめる。――――私は私の言葉をすべて嘘にする。そうすることで少なくとも一つは本当のことを言っていることになると思う。そして契約書にサインする。――――私は慎重に約束の時間に遅れる。――――二〇〇一年。私は机の引き出しを開け、ガラスの破片を部屋から部屋へと運んだ。――――私はいつもここにいる。改札を出て左、突き当りを右、階段を上る、居酒屋の横の細い通路、線路沿いの道、果物畑、踏切を左、交差点を右、坂道に停車するクレーン車、左、ガレージの中の猫、階段を踏む音が響く、二〇五、二〇三、二〇二、二〇一。――――――YOU DO――あなたはダイヤルを右に回し、次に左に回し、郵便受けを開ける。水道代の明細を見つけ、振り込む。――――戦車。あなたはそれに乗って走る。外国へ行く。――――あなたはテーブルにコーヒーを置き、名前を覚えているかどうかを問いかける。試している。――――あなたはドアをノックし、世界に終わりがあればいいと思っている。――――あなたは交番の前に細長いからだで立っている。――――あなたは叩く。裁断する。ダンボールを組み立て、ガムテープで閉じる。画鋲を刺す。一九九七年のCDプレーヤー。音楽をかける。――――あなたは財布から一万円札を四枚取り出し、マグカップの下に挟んで置いていく。――――――I CARE BECAUSE――私は毎日二種類の鍵を回す。一度目は右に。二度目は左に。――――私は週に三日、一日につき六時間の労働をする。期限の日付に赤いボールペンで印をつける。――――私は舞台裏の覗き穴からオーディエンスのからだによってひとつひとつ客席が埋められていくのを見ている。――――私は十三時まで居室にいる。連絡を待っている。現れるのを待っている。――――私はカタカナで十七文字の名前の会社に就職する。実家までの距離を正確に調べる。――――私はエアコンの力で暖かくなる。煙探知機に吊るされた紙飛行機は細やかに揺れる。三つのハンドルが回転し、床が文字に覆われる。――――私は十桁の数字と名前とが大きな文字で書かれた紙を丁寧に折りたたみ、バッグの奥へそっとしまう。――――――BECAUSE YOU DO――二〇一〇年十二月十二日。あなたはコートを着て立ち上がり、荷物を抱え、マクドナルドの店内を走っていく。――――あなたはトランプの裏側につけた傷をすべて覚えている。絶対に負けないようにルールをつくりかえつづける。――――あなたは片道二時間、千五百十円の車内で三十通のメールを送受信する。――――あなたは誰にも言えないことをする。接着された部分を一枚一枚分離し、ハサミで細く切り裂く。一本の糸のようなものができあがる。――――あなたは片時もテレビ画面から目を離さない。点滅する砂粒が網膜から頭脳へと侵入する。――――あなたは家に帰る。何が間違っていて何が正しかったかを並べ立てて確認する。説明する。納得させる。――――あなたは家に帰る。自動ドアが開き、閉じる。後姿が小さくなる。――――――I CARE BECAUSE YOU DO――私はあなたに鍵を返せと何度も言いたかった。――――あなたは常に勝利するから、私は正しく負ける方法について考える。――――あなたのせいで私は理性的である。――――一九九五年。私の顔は笑っている。――――私はいつでもあなたを待っている。――――あなたが笑うので、私も笑う。――――私とあなたは再会する。――
山田亮太
「モーニング・ツー」初出
2011
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テクノモーツァルトと呼ばれるエイフェックスツインに同名のアルバムがある。おそらく意識されたのだろう。テクノのような音楽性がある一作だ。こういうものが、クラシカルなものに混じって展示されているところに、このサイト運営者のセンスの良さを感じる。
管理人です。
コメントありがとうございます。過分なお褒めの言葉をいただき恐縮です。
テクノのアルバムの名前だったとは気付きませんでした。
思いがけないつながりで、面白いですね。