ペットボトル

ほら、ひたいにあてると まだ
すごくつめたい
片腕でからだをもちあげて
おきあがった
背の高い少年、ふみこむこちらを うかがう
まなざし
それならぼくもわかる
ペットボトルにすっと目がいって
ふきだす汗に目をつむる
その一瞬

ぼくらのなかのみずがゆれる
コロラドのモーテルの
あの青いプール
排水溝へとつづく砂のながれも
みずをほしがっていた

アスファルトに手をついて
にじんだ赤い血
それとおなじ赤い血によごれて まったく
べつのひとからうまれる
からだ
全身でみずをほしがるそのからだが
だれよりも腰をおとし
親指の骨で
スケートボードをふみあげる
その一瞬、はるかな
道路がみえる

ふいにぼくは
ここにいないやつのことを
ここにいないからこそ書かなくてはとおもう
さっきまで
肩をぶつけあってたやつらを
背のたかい少年は
ひかりのぐあいでみうしなって
つばをのむ
広大な駐車場をすべりきり
それでも まだ、ひとりなら
たぶん
股間をたしかめる
その一瞬の ふかい青空

ぼくはなにもいうことがない
ひろがりに
ひとはきえていくのに
ひろがるそれをまえにすると
なぜことばがうしなわれてしまうのか
砂ぼこりをしずめるのではない
ただ、むねをひく
雨のにおいがした

肩をうつ
一滴、二滴のことば
それではまったくいいたりぬものを
よけるまもなく、うまれてからこれまで
どしゃぶりにこぼされてしまって
それが、ずっと
過去のほうから
キングストリートをけとばしながら
この一帯を黒くぬらしていく
少年を、少年の母を、さきにかえったやつらを
ぼくのからだを はげしく
ぬらしていく
おもたくへばりつくズボン
なにかがとどく
ちいさな封筒のマーク 木下くん
そんなきがしてかるくふれる
と、おおきな彼の写真
パタゴニアのダイレクトメールだった
ばかみたいな青空
急になまいきに見えた 少年の目
おもいだす
ものごころがつくまえの
雨粒をかぞえることをやめないこころ
ことばの
雨はすがすがしい
そんなこころを、かるくふるって
のみほしたら
ゆっくりほてりが ひいていく

そしてまた、すごい汗だ

岡本啓
グラフィティ」所収
2014

One comment on “ペットボトル

  1. ペットボトルは岡本さんの許諾をいただいた上で掲載しております。
    無断転載はご遠慮ください。

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