春はやいある日
父母はそわそわと客を迎える仕度をした
わたしの見合いのためとわかった
わたしは土蔵へかくれてうずくまった
父と母はかおを青くしてわたしをひっぱり出し
戸をあけて押し出した ひとりの男の前へ
まもなくかわるがわる町の商人が押しかけてきた
そして運ばれてきた
箪笥 長持ち いく重ねもの紋つき
わたしはうすぐらい土蔵の中に寝ていた
目ははれてトラホームになり
夜はねむれずに 何も食べずに
わたしはひとつのことを思っていた
古い村を抜け出て
何かあるにちがいない新しい生き甲斐を知りたかった
価値あるもの 美しいものを知りたかった
わたしは知ろうとしていた
父は大きな掌ではりとばしののしった
父は言った
この嫁入りは絶対にやめられないと
とりまいている村のしきたり
厚い大きな父の手
私は死なねばならなかった
わたしはおきあがって土蔵を出た
外はあかるかった
やわらかい陽ざし
咲き揃った花ばな
わたしは花の枝によりかかり
泣きながらよりかかった
花は咲いている
花は咲いている
花もわたしを知らない
誰もわたしを知らない
わたしは死ななければならない
誰もわたしを知らない
花も知らないと思いながら
中野鈴子
「花もわたしを知らない」所収
1955