言葉

私は言葉を「物」として選ばなくてはならない。
それは最もすくなく語られて
深く天然のように含蓄を持ち、
それ自身の内から花と咲いて、
私をめぐる運命のへりで
暗い甘く熟すようでなくてはならない。

それがいつでも百の経験の
ただひとつの要約でなくては ――
一滴の水の雫が
あらゆる露点の実りであり、
夕暮の一点の赤い火が
世界の夜であるように。

そうしたら私の詩は、
まったく新鮮な事物のように、
私の思い出から遠く放たれて、
朝の野の鎌として、
春のみずうみの氷として、
それ自身の記憶からとつぜん歌を始めるだろう。

尾崎喜八
「行人の歌」所収
1940

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