蒸し暑い或る日
浜松町駅のプラットホームに佇んでいると
おびただしい雁の群れが
目の前を覆った、
私は今までに
街の中で
雁が
こんなにも低く飛ぶのを
見たことがない
泳ぐように突き出した長い首や
うしろに延しやった黄色い脚さえ
見えたのだ、
見たことがないのは
低く飛ぶ雁ばかりではない
これらの雁の乱れ方だ
あまりにも乱れていた、
一群れが
すすんで行くかと見ると
一群れはそれとは逆に飛んでいる
その中間で戸迷っている群れがある
といった塩梅だ、
しかもその一群れ一群れが
それぞれ
まるで雁行の形を成していないのだ
ずっと遅れて
あとから一羽二羽が
はぐれては大変だとばかり
あわてふためいていたのは
二、三にとどまらない
一体 何がどうしたというのだろう
この雁の乱れは
只ごとではないと思われた
わたしは
胸つまる思いで
乱れに乱れたおびただしい雁の群れを
見迎え見送っていた。

 一九四七年八月末のことである。
 この日から幾ばくもなくして、われわれはカスリーン台風に襲われたが、この台風とあの雁の乱れとは関係があるものかどうか、私には判らない。が、妙に気になることではある。

北川冬彦
1947

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください