奴の背中には

奴の背中には
斜めに
タイヤの跡が黒々とついている
奴は口笛なんか吹いているが
奴の心は重いトラックのタイヤに
思いきり景気よくひかれたのだ
その証拠が陽気な口笛だ
あの気楽な足どりだ

ひかれた跡が背中に出ているのに
奴はそれに気づかない
だから奴は陽気なのだが
君は初めからすべて承知の上ひかれるがいい
君だっていっぺんひき殺されれば
奴のように陽気になれる
おれの女は
顔に斜めに
タイヤの跡をつけている

高見順
死の淵より」所収
1966

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください