隣の家の穀倉の裏手に
臭い塵溜が蒸されたにほひ、
塵溜のうちにはこもる
いろいろの芥の臭み、
梅雨晴れの夕をながれ漂つて
空はかつかと爛れてる。
塵溜の中には動く稲の虫、浮蛾の卵、
また土を食む蚯蚓らが頭を抬げ、
徳利壜の虧片や紙の切れはしが腐れ蒸されて
小さい蚊は喚きながら飛んでゆく。
そこにも絶えぬ苦しみの世界があつて
呻くもの死するもの、秒刻に
かぎりも知れぬ命の苦悶を現じ、
闘つてゆく悲哀がさもあるらしく、
をりをりは悪臭まじる虫螻の
種々のをたけび、泣声もきかれる。
その泣声はどこまでも強い力で
重い空気を顫はして、また軈て、
暗くなる夕の底に消え沈む。
惨しい「運命」はたゞ悲しく
いく日いく夜もこゝにきて手辛く襲ふ。
塵溜の重い悲しみを訴へて
蚊は群つてまた喚く。
川路柳虹
1907