川のほとりに

どこからか わたしは見ている
体重のない人たちが
この岸からあの岸へ
一度かぎり運ばれていくのを

水は澄み きめこまかくねっとりとして
渡し守が櫂をうごかしてもしぶきが飛ばない
舟のうえの人びとはたぶん《魂》なのだろうに
まるで魂の抜けた人のようだ

深い眠りのなかにあるように
うっすらと口をあけている
忘れ川の水をのむまでもなく
おそらく記憶を失いつくして

あの老女たちはみな母に似ている
とすればわたしもかれらにうそ似ているのであろうか
夢が夢に似るほどの似通いかたで
うっすらと口をひらいて

そしてどちらの岸から
わたしは見ているのであろうか
へさきにとまった蜻蛉が うすい翅で
広大な午後の重みを量っている

多田智満子
川のほとりに」所収
1998

One comment on “川のほとりに

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください