どこからか わたしは見ている
体重のない人たちが
この岸からあの岸へ
一度かぎり運ばれていくのを
水は澄み きめこまかくねっとりとして
渡し守が櫂をうごかしてもしぶきが飛ばない
舟のうえの人びとはたぶん《魂》なのだろうに
まるで魂の抜けた人のようだ
深い眠りのなかにあるように
うっすらと口をあけている
忘れ川の水をのむまでもなく
おそらく記憶を失いつくして
あの老女たちはみな母に似ている
とすればわたしもかれらにうそ似ているのであろうか
夢が夢に似るほどの似通いかたで
うっすらと口をひらいて
そしてどちらの岸から
わたしは見ているのであろうか
へさきにとまった蜻蛉が うすい翅で
広大な午後の重みを量っている
多田智満子
「川のほとりに」所収
1998
このような状況が五年前の11日以降、実際にあったのです。とても悲しい—-