眼を見ひらいたまま
暗い水の底から浮びあがるように
ゆめからさめる
ガラス窓に
木枯しが鳴っている
また眠り、べつのゆめを
みる ふたたび目ざめ
時計をのぞく
毎晩
おなじことだ
遠いゆめと
近いゆめの記憶が重なり
すこしたつて、闇のなかで
ぼくの来し方行く末が
散らばつた骨のように白々と見えてくる
もうだれも
ぼくのセーターの匂いを
かがないであろう
夜の台所にぶらさがっている
まないたや包丁のように
ぼくの未来はあるであろう
明るい朝のあいさつは
つぶやきのように消えてしまった
無を打ちくだくことばは
青いインクで書かれなかった
あしたもまた
ハンカチを忘れて家を出るであろう
力を入れて引き抜いた草が
泥のついた根ごと
机の上に置かれてあるであろう
ぼくは愛した
恐れた
ぼくは恐れるであろう
ぼくは机の上の草を見ているであろう
時計をのぞく
毛布をひきあげて
顔をかくす
腕を伸ばして両脇につけ
垂直に
暗い水の底に沈んでゆく姿勢をとる
目をつむる
北村太郎
「冬の当直」所収
1972