蹈み入つてはいけない!
ここは熟れて落ちた櫻の實で一杯だから・・・・・・
葉蔭は休息によかろう けれど
葉から すべりおりてくる毒矢をもつた野蠻人が
卿等のまどろみを 永遠に
魔法にかけやうから---
蹈み入つてはいけない!
その数多い赤黒い血球が 卿等を
ぬりつぶしてしまふから・・・・・・
卿等が 若し冒した罪の贖にくるのなら 卿等は路をとりちがえてゐる
ここは罪の阿修羅場だ
血腥い 屠牛場
蹈み入れてはいけない!
ほつかり虞美人草の花が 卿等を誘ふたにしても
生毛のやうな毛並から 囁かれる 悪魔の不思議な話に 惑がされても
美装した惰眠は濃霧の谷に
おまへらを陥入れやうから---
蹈み入つてはいけない!
おんみらはみるだらう
乳白色の瞳をもつた少女が
厚つぽい赤い唇に涎を垂れて
桜の木のもとを流れてゐる溝に
血を啜つてゐるところの---
蹈み入れてはいけない!
あの木蔭に卿等はきくのだろう
哀しい運命を預覚した牛の 傷ましい声を
うすら笑みを浮べて待つてゐる黒猫を
いくども喉に舌やつて 唇を
ぬらしてゐる少女の
佇んでゐる木蔭に---
高木斐瑳雄
「青い嵐」所収
1922