納豆と豆腐の味噌汁の朝食を食べ、いくど張りかへてもやぶけてゐる障子に囲まれた部屋の中に一日机に寄りかゝったまゝ、自分が間もなく三十一にもなることが何のことなのかわからなくなってしまひながら「俺の楽隊は何処へ行った」とは、俺は何を思ひ出したのだらう。此頃は何一つとまとまったことも考へず、空腹でもないのに飯を食べ、今朝などは親父をなぐった夢を見て床を出た。雨が降ってゐた。そして、酔ってもぎ取って来て鴨居につるしてゐた門くゞりのリンに頭をぶつけた。勿論リンは鳴るのであった。このリンには、そこへつるした日からうっかりしては二度位ひづつ頭をぶっつけてゐるのだ。火鉢、湯沸し、坐ぶとん、畳のやけこげ。少しかけてはいるが急須と茶わんが茶ぶ台にのってゐる。しぶきが吹きこんで一日中縁側は湿っけ、時折り雨の中に電車の走ってゐるのが聞えた。夕暮近くには、自分が日本人であるのがいやになったやうな気持になって坐ってゐた。そして、火鉢に炭をついでは吹いてゐるのであった。
尾形亀之助
「障子のある家」所収
1930
日記の切り貼りみたいで、おもしろいですね。尾形亀之助さんの詩に好きなのがあったのですが、タイトルは忘れました。SFっぽいものだったと記憶しています。