草原の斜めに傾いた風が
まばらな樹々と石と岩とところどころの
土のうえに夕陽をおいてはどけてゆく
二人をかこんでいる
風が
東から吹いてくる少しばかり潮と鳥の
匂いをさせながら
二人の手と手に見えない花輪をかけてゆく
一九七八年一月二十八日
古い日付をもつ紙片が
風にめくられて(頁がとぶように)
失われる
朝、上着の水滴をはらいながら
雨あがりのひとけない坂道をのぼってゆく
ツツジの緑の小径をぬけると
黒い塀の一軒家があって
おはようございます
ガラスペンをください
竹の軸、さもなければ
木の軸があります
まっすぐのペン尖、さもなければ
蕪菁のペン尖があります
(ぷっくりとふくらんだ蕪菁のペン尖)
失われた紙片のかわりにゆっくりと文字を
書いてみたいのです
さんと出会ったのも雨あがりだった(だろうか)
洋書の紙とインクがすこし黴くさく匂っていた
ほそい鉛筆のようだったさん
それからしばらくして私たちは再会した
渡仏するまでの蜜の様な
濃密な
そして私は眠っていたようだ
ジンチョウゲの
悩ましいかおり、さまざまな草の
いきれ
人
でなしだから
脚や腕をおおきくふって歩いてゆく
風がふくたびに
水滴まみれになる
ねえ、さん
いつからいっしょにいるんだい
さみしい蛇崩の坂道
蕪菁のペン尖をつけた木軸に光が射しこんで
ダヴィンチが壁の剥げた漆喰に貴婦人を透視したように
その杢のひとつひとつの屈折に
私の夢のかけらがあらわれては消えてゆく
泡杢のつがって泳ぐウヲの黄金
鳥瞰図法の
アヲ
孔雀杢の微風と愛撫にたふたふ揺蕩ふ黒髪
虎杢の(といっても焔のようにすこしずつ乱れる)
うしろから抱く臀
玉杢の
瑠璃も玻璃もいのちの泡も
沸騰する
射干
玉
そして私は眠っていたようだ
鬢からいいかおりのするお嬢さん、こちらは黄楊、さもなければ
櫻、さもなければ楓、欅、黒柿
やわらかい木は持つとなじみがいいですし
かたい木はつかえばつかうほどあじわいがでます
アブラ紙につつまれた
慎重にえらんだ木軸とガラスの蕪菁のかすかに蒼い
ペン尖をだいじに握って
水滴をはらい
またはらいながら
私は帰り道をいそいだのだ、いつの日にか
私はゆっくりと文字を書くだろう
古い紙片のように
その文字もまた
風にめくられて(頁がとぶように)
失われる
ねえ、さん、雨はもうとうにあがったね
緑は
あざやかだけれど、スズメやヒバリも鳴きはじめているけれど
(まがまがしい蛇崩のまがり道)
どうしてもこの空洞から抜けでることができないよ
死にたくなるような朝
まばゆいばかりの
朝吹亮二
「まばゆいばかりの」所収
2008
「贈りもの(古いアルバムからの)」は朝吹様のご承諾をいただいた上で掲載しております。
無断転載はご遠慮ください。
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朝吹亮二Twitter
@ryojiasabuki
谷内修三さんによる「まばゆいばかりの」についてのエッセイ
http://blog.goo.ne.jp/shokeimoji2005/e/2bb7cc29da77c50d6da3cd25fe6b8ec3