室生君。
僕は今君の詩集を開いて、
あの頁の中に浮び上つた
薄暮の市街を眺めてゐる。
どんな惱ましい風景が其處にあつたか
僕はその市街の空氣が
實際僕の額の上にこびりつくやうな心もちがした。
しかしふと眼をあげると、
市街は、──家々は、川は、人間は、
みな薄暗く煙つてゐるが、
空には一すぢぼんやりと物凄い虹が立つてゐる。
僕は悲しいのだか嬉しいのだか自分にもよくわからなかつた。
室生君。
孤獨な君の魂はあの不思議な虹の上にある!
芥川龍之介
「愛の詩集」所収
1918