藁科川に初鮎をつるかたがた
もしや脚絆わらぢの釣り支度で
竿をもたない年寄りがいつたら
お邪魔でもすこし席をあけて
釣りを見せてやつてください
背の高い半身不随の
もののいへない年寄です
彼はわれとわが心から
淋しく 苦しく 不仕合せで
釣りのほかには楽しみがなく
これといつて慰めもありません
老衰のうへに病気もてつだつて
重たい鮎竿がもてないため
さうしてひと様の釣りを見てあるきます
そんな老人にお逢ひでしたら
私の伝言を願ひます
私はここにきてゐると
うきや糸まきおもりなど
かたみの品もあるから
ゆつくり寄つて休むやうにと
どうぞ皆さんお願ひします
彼は私の亡くなった兄です
中勘助
「藁科」所収
1951
亡くなった父を思い出しました
藁科川より西の大井川によく行っていましたが
情景が目に浮かぶようです
彼方に霧が霞む 墨絵になりそうな、
美しい異世界を夢想します。
素晴らしい作品ですね。