臥床に私の精神が透徹つてくるときがある

土の上に生きて居ると云ふことが

ひとりでにほゝえまれてくるときがある

晝間は私から遠ざかつてゐたものが

ことごとく私をみつめて私の周圍へにじりよつてくるので

この押詰つた瞬間をもて餘して遂に泣けてしまふ時がある

 

どんなときにも子供は晴やかに話しかける

すでに子供ではない私しに話しかけてくれる

私は眞劒に子供の話しを聞いてやらなければならない

 

すべてを父と母との愛に任せ

よなよな

丹念に玩具の積木を積上げる子供にはいさゝかの不安もない

たゞそのかたわらにその子の父である私が

その積上げられたりこわれたりにほろほろになつてしまふ

 

みんなねむれよ

お互ひをへだてゝゐる間の灯を消して

口を閉ぢて靜かにねむつてしまへ

私は暗がりに みんなの安らかな寝息をきいて

ねむりとともにみんなのこゝろが一ツによりそつてゆくのをおもふ

 

あゝかくも子供は私しを慕つてくれるし

妻はかくも限りなく信頼してくれるのに

私はみた

ねむりの中にもその子供の丸い背に投げかけてゐる妻の手に

そのすきまのないいつぱいの緊張を

 

かなしいものにめざめた臥床をめぐつて

夜明前の冷氣がしんみりと沁込んでくるこの部屋のこの暗がりに

私はむつくりと蒲團の上に置直つて

自分自身の両手をしつかりと組合せ

自分自身の秘密な考へに興奮する

 

瀨尾貞男

「岐阜県詩集1933」所収

1933

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください