月夜

姉は二十九で死んだ

つまり その人の

二十九歳までしか

私は知らない

故郷の 古い庭が

いい時候になると

姉はそこの椅子に坐つてゐた

花が好きだつた

物の成長が好きだつた

それだのに 自分の生命は

あんなに 気忙しく

燃やしてしまつた

花弁を顔にあてがふと

泣き笑ひのやうな表情をした

そんなに

寂しい顔の娘だつた

 

今では

私の父も 姉の傍にゐる

ついこの間まで私の側にゐた父が

「男の子たちは

まるで花には無関心でね」

情の声である

「まあ そして私の庭は・・・・」

 

私達 私たちの生の側には

いい月夜がある

それで きつと

情や姉のことを思ひ出すのだらう

 

津村信夫

「詩集 父のゐる庭」所収

1942

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