――おかあさん よう
またあのにわとりが鳴いている
どうききなおしてもやっぱりそうだ
おかあさん よう と鳴いているんだ
濁りある そのくせ遠くひびくこえで 愬えるように鳴くんだ
小雨のふっているらしい真夜中
低い雨だれの音が時々するから
いったい にわとりというものには
人間の魂が封じこまれているのではないか
不幸な やぶれた翼のような魂が
方々の天の下にこの鳥がいて
応えられることのない愬えの声を張りあげているのだ
おとうさん
というのも方々にいる
いやだなあ
あの絶望的な声の呼び方は
それどころではない
たかはしさあん というのがたしかにいる
たッかはしさん という風にいやに「か」にアクセントをつけて呼ぶのだ
この夏一寸葉山へ行ったら葉山にもいるんだ
あの声に呼ばれると 僕はますます痩せこけて
細長くなるような気がする
高橋元吉
「耶律」所収
1931