言葉なき歌

あれはとおいい処にあるのだけれど

おれは此処で待っていなくてはならない

此処は空気もかすかで蒼く

葱の根のように仄かに淡い

 

決して急いではならない

此処で十分待っていなければならない

処女の眼のように遥かを見遣ってはならない

たしかに此処で待っていればよい

 

それにしてもあれはとおいい彼方で夕陽にけぶっていた

号笛の音のように太くて繊弱だった

けれどもその方へ駆け出してはならない

たしかに此処で待っていなければならない

 

そうすればそのうち喘ぎも平静に復し

たしかにあすこまでゆけるに違いない

しかしあれは煙突の煙のように

とおくとおく いつまでも茜の空にたなびいていた

 

中原中也

在りし日の歌」所収

1936

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