嬰児

私は、大阪の

みすぼらしい 子商人の 家の 末つ児に 生まれた、

上るとキイキイ音のする古い梯子段の下で、

私はいつも固い木箱に入れられたままで育つた。

 

私の周囲には売れ残りのものや、未だ季節の来ない商品が

ごみ捨て場の 塵芥の やうに 積み上げられてゐた、

身体を動かすと、そのうちの一つが私の動いた後へ転がり落ちた、

私が 一方に動くと、同じやうに他の一方が塞がれた、

動けば動くほど私の領分は小さくなり

私はそのなかに埋れて行つた、

声を立てて泣いたけれども

誰も私を救ひには来なかつた。

 

店には客が込んでゐた、

母も兄もその対手に忙しかつた、

誰も私のことなど構つてはゐなかつた、

天井から、丁度私の目の届くあたりに

誰が吊したのか赤い布切れのやうなものが下がつてゐた、

私はそれを眺めてゐた、

それが風に揺れるのを眺めてゐた。

 

然しやつぱり私は泣き出した、

一生懸命に身をもがいて

窮屈な木箱から外に出ようと

私はそればかりにかかつてゐた。

 

百田宗治

「百田宗治詩集」所収

1955

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