その夜は小雨が降っていた。私は喘息の咳
が止まらなかった。その明け方、<夢>を見
た。「幸ちゃん立派になったね。」と私の胸
をなでながら母が言った。久しぶりの母の声
だった。
ふと目を覚ますと、母は舌が喉に落ちこみ
息ができずにもがいていた。慌てて母の体を
揺する。息を吹き返す。体位を変えると母は
気持ちよさそうに息をした。「もうゆっくり
お休みよ」私が母をあやし、さっきの夢の中
の母の声がやがて子守唄のように私を眠らせ、
私の腕の中の母自身も深く深く眠る。
私と母の魂をつなげて、戸外の雨は風にな
がれ静かに降りそそぎ、夢のつづきではまた
「幸ちゃん私のことはもうよかよ。」と母が言
った。慌てて飛び起き、母のかすかな息を注
意深く確かめる。
藤川幸之助
「ライスカレーと母と海」所収
2004
「声」は藤川幸之助さんの許諾をいただいた上で掲載しております。
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作者ホームページ
http://www.k-fujikawa.net/