王子電氣會社の前の草原で
メリヤスシヤツの工場の若い職工達が
ノツクをして居る。
晝の休みの鐘が鳴るまで
自由に嬉々として
めいめいもち場所に一人々々ちらばり
原の隅から一人が打ち上る球を走つて行つてうまく受取る。
十五人餘りのそれ等の職工は
一人々々に美くしい特色がある
脂色に染つたヅツクのズボンに青いジヤケツの蜻蛉のやうなのもあれば
鉛色の職工服そのまゝのもある。
彼等の衣服は汚れて居るが變に美くしい
泥がついても美くしさを失はない動物のやうに
左ぎつちよの少年は青白い病身さうな痩せた弱々しい顏だが、
一番球をうけ取る事も投げる事も上手で敏捷だ。その上一番快活だ。
病氣に氣がついてゐるのかゐないのか
自覺した上でそれを忘れて餘生を樂しんでゐるのか
若白髮の青年はその顏を見ると、
何故かその人の父を思ひ出す
親父讓りの肩が頑丈すぎてはふり方が拙い。
教へられてもうまくやれない
受取る事は上手だ。
皆んな上手だ、どこで習つたのかうまい、
一人々々に病的な美くしいなつこ相な特色をもつて居る。
病氣上りのやうに美くしいこれ等の少年や青年は
息づまる工場から出て來て
青空の輝く下にちらばり
心から讃め合つたりうまく冷やかしたり、
一つの球で遊んでゐる。
雜り氣の無い快活なわざとらしくなく飛び出し出た聲は
清い空氣の中にそのまゝ無難に消えて行き
その姿はまるで星のやうに美くしい
星も側へ行つて見たら
あんなに青白く、汚ないにちがひない
一人々々の汚ない服や病的の體のかげから
快活な愛が花やいでうつかり現はれる美くしさ、なつこさ、
鐘が鳴ると彼等は急に緊張して
美くしい笑ひや喜びや好奇心に滿ちた快活さを一人々々、
疊んでどこかへ隱したやうに
一齊に默つて歸つて行く。
千家元麿
「自分は見た」所収
1918