渋谷で夜明けまで

夏の一日
ぼくは
渋谷で
ポリネシアの戦士の歌を聞きながら
魂をやすめていた
オルペウス神統記にもあきて
書物はすべて放棄してしまった
ぼくの時計は柔かく変形してゆく
中世の城のような旅館が見えてきた
ああ
素晴らしい徴候だ!
この絶対温度に
乳房をちかづけてくれるな!
貴女にも
きっと
ぼくの姿は見えないだろう
無能だ!という声に
振り返りもしないで
豪華なペルシャ猫のように世界を沈んでゆく
さあ
貴女とキスしよう
ぼくは動詞だけしか信用しない!
なんという
魂の不思議な膨張係数か!
グラマーな地下鉄の通過
新聞活字が陽光をさえぎる!
失業するぜ 失業するぜ
ふっと
まどろむと
欅並木が滑走路をかこむ
懐しい風景がよみがえる
ああ
巨大な横田基地よ!
ぼくの育った武蔵野の雑木林の俤と蜉蝣たつ金属的な滑走路が なんと調和していることだろう
ツルゲーネフ風に夢を素足で歩いてみよう
バッカード・ポニャック・クライスラー
と歌にして覚えた
あの夕暮をだれが忘れようものか
ラッキー・ストライクのように
鮮烈にやってきた
アメリカの青年たちにアイサツしよう
ぼくが愛した
あの兵士たちは
いまごろベトナムで戦っているのか
星条旗のように整列して
アッ
ボクハ日本刀ヲ握ッテイル!
ガム吐き出して
フレディーと一緒に歩いた砂川の風景を激しく憎悪する!
ああ もっと抱いてよ
優しく大きな乳房の輪郭線で、ゴシック体のように眼を見開かないように・・・・
オンリー、スーベニール
オンリー、スーベニール
魂に言葉の圧力がかかってくる
夏のシーツに、素肌に
都市全体が落雷となって集中する
貴女ノ家ニ帰リナサイ!
渋谷のホテルで
ぼくは
激しく乱れて
世界全体をゆるがしはじめる
貴女ノ家ニ帰リナサイ!
ああ純粋数学の復権だ!
ベッドの鉄わくにつかまれ
若駒が幾何学的な風にのって駆けてくる!
ああ心臓の戸口を銀色の手がたたく
全身、海のようなミドリだ!
貴女ハ帰レ!
大時計はとまり、空間がぐらっと傾斜する
うまれるぞ 船をこげ
日本ノ砂漠デ占星術ガ誕生スルノカ!
太極のマークが窓から乱入してくる
天上大風だ!
男根と男根の交叉!
見たこともない紋章が浮びあがってくる
影像人間は分裂して
火山へ!
火山へ!
おお エトナのエンペドクレースよ!
巻きあげられる感覚世界
なにが見えるか!
青い遊星
それとも
胎児の眼の破裂か!
街角を曲る
幸福という文字
美しい鈴ならす廃品回収の人影か!
ああ 魂が破壊される!
よだれたらして
犬のように
ただもう放置されるだけだ
ダレカガ呼ンデイル
扉が激しく叩かれる
魂が破壊の神を呼んでいるのか!
青い青い断片の
天国と地獄からの襲来!
立っていられない
言葉の橋が流出してしまう
しかし
筆は真青になって失速してはならない
昨日の夜
今日の夜
明日の夜
筆は真赤に輝いて進行する
それが
夜空を落下する流星の
筆のさだめだ!

太陽など問題外だ!
狂気を彫る精神の労働が、さまざまの記号の暗示を受けて決潰しただけだ!
おお 魂のリアリズム
三文判は会計係に返上しよう
菊の花を刺し通せ!
望みはなんだ
よし おれを陵辱するがよい!
B・Gよ
冒険家よ
欲望ははてしない霊魂の卑猥な一側面に
自らの肉を焼いて
祭壇に登る、神秘的な一筋を刻め!
食料を与えるって
なにお
風の末裔となって、桃色の五本の指を自ら食って生きのびてやろう
ああ 法華子よ!
焼身自殺とは、太極に存在する虹の絢爛たる同心円だ!
オ時間デス オ時間デス
去れ! ひからびた女よ!
ボクハ日本刀ヲ握ッテイル!
肉体の花弁をひらく、素肌のあらゆる陰唇をぼくは自分でひらく
海のむこうから
<ルイジアナで檞の木が茂っている>
という偉大な歌声が聞えてくる
ホテルでも
夢の中でも
世界全体を感情のもっとも鋭敏な個所に集中して
シンバルを叩け
もう朝だ
初発電車が動き出した
しかしまだ
まるでオデッサの階段のように説明のつかない熱病がおれの首を巻いて荒れ狂っている
外界へ出る
だった一人で
全身にワイパーをつけて透視する
アレワ人間カ
自動車だ!
機械的な冷気が頬をかすめて
やがて
太陽が東の空に昇ってくるころ
魂の熱気はさめはじめる
廃人のように
没落貴族のように
新しい朝の狂気へ姿を消してゆく
カッカッと
ハイヒールの音が鳴り
一人通りすぎてゆく
ああ
ぼくは
朝鮮人みたいに泣きたいなあ
振り返ってはいけない
曲れ! 直角に、鋭く、覚悟をきめて

新しいイメージの狩人よ
沈黙の歌人よ
風よ
風よ
ある夏の一日
これらは
渋谷で真実おこった事なのだ

吉増剛造
頭脳の塔」所収
1971

2 comments on “渋谷で夜明けまで

  1. 「渋谷で夜明けまで」は吉増剛造さんの許諾をいただいた上で掲載しております。
    無断転載はご遠慮ください。

    この詩を読んで興味を持たれた方は下記もどうぞ。

    2016年6月から8月まで東京国立近代美術館で開かれていた「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」の紹介ページ
    http://www.momat.go.jp/archives/am/exhibition/yoshimasu-gozo/index.htm#section1-1

    上記を紹介している朝日新聞の記事
    http://digital.asahi.com/articles/ASJ6P7KCDJ6PUCVL037.html?rm=553

  2. 花時が出るほどの勘当だ!(しかし、もはやこの鬼籍を、現在の彼ススキに求めることが出来ぬのが錆死い。。。)

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