妹へおくる手紙

なんといふ妹なんだらう

──兄さんはきつと成功なさると信じてゐます。とか

──兄さんはいま東京のどこにゐるのでせう。とか

ひとづてによこしたその音信のなかに

妹の眼をかんじながら

僕もまた、六、七年振りに手紙を書かうとはするのです

この兄さんは

成功しようかどうしようか結婚でもしたいと思ふのです

そんなことは書けないのです

東京にゐて兄さんは犬のやうにものほしげな顔してゐます

そんなことも書かないのです

兄さんは、住所不定なのです

とはますます書けないのです

如実的な一切を書けなくなつて

とひつめられてゐるかのやうに身動きも出来なくなつてしまひ

 満身の力をこめて やつとのおもひで書いたのです

ミナゲンキカ

と、書いたのです。

 

山之口貘

思辨の苑」所収

1938

 

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